Being on the Road! Going our way! 世界一周 〜夫婦で地球を巡る旅〜
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【No.4】アジア旅行のハイライト! エベレスト街道トレッキング


きっかけ
準備
トレッキングへ!


きっかけ

僕達は、旅に出る前からもアクティビティの一環としてトレッキングはやろう!と決めていました。

実際のところネパールに行けばトレッキングができるんだろう、 という程度の情報しか持ち合わせておらず、ネットで得たささやかな知識だけをヒントに、 カトマンズで情報収集をすることにしていました。

そんな時、インドのダージリンの宿で出会った男性(廣岡氏)からエベレスト街道の話を 聞きました。聞くと標高5,500mまで行ったとのこと。写真も見せて戴き、心は5,000m級の トレッキングモードに切り替わりました。

当初の予定では北インドの周遊をネパールINする前にする予定でしたが予定を変更し、ネパールへ向かうことに決めました。 結果、廣岡氏に出会った1週間後には、カトマンズにいました。



準備

【1】情報収集

タメル地区にはトレッキングを扱う代理店が沢山ありますが、その中でも日本人に定評の「アティティツアーズ」 でトレッキング中の装備や所要日数、行程中の宿情報、食事の相場を知ることができました。
アティティには日本語の本が数百冊あり、地球の歩き方やロンリープラネットも置いています。
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【2】トレッキングコースの選定

アンナプルナか?エベレストか?
ひとつ理由を挙げるとしたら、5,500mという標高に立ってみたい!ただ、それだけだったので 僕達はエベレスト街道へ行くことにしました。

両者の特徴をあげるならば
アンナプルナ一周 →
空路でなくてもアクセスし易いので総費用が安くあがる、エベレスト街道より平均標高が低い、 体調次第ではエスケープし易いコース、マオイストに通行料を要求される可能性がある。

エベレスト街道 →
空路でルクラに入るので総費用が高くあがる、シェルパ族が多い。
※カトマンズからジリまでバスで行き、そこからトレッキングを開始することもできますが、 更に1週間の日程が必要です。
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【3】ガイドやポーターの有無の決定

4,000m以上の高地で荷物を自力で持っていけるかどうか、遭難の危険性などを客観的に判断する必要がありました。
そこで門を叩いたのが、HRA(ヒマラヤ救援協会)とKEEP(カトマンズ環境教育プロジェクト)です。
(↑ロンリープラネットのネパール版から情報を得ました。地球の歩き方には載ってません。)
いずれもガイドの経験がある人から直接、話を聞くことができ、 自分達の体力、時季的・コース的な条件から判断して自力で登頂可能であろうという判断に到りました。

※ガイド料金は1日当たり1,000Rs(約1,700円)、ポーターは600Rs(約1,000円)だそうです。(2008年4月現在)
 またポーターはルクラから雇うこともでき、カトマンズからの空路負担(ネパール人は外国人の半額で50USドルくらい)をする必要がありません。  
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【5】装備の準備と調達

自分達が持参した登山装備やアウトドア用品以外に、防寒具をレンタルしました。 不足分はタメル地区で調達可能です。
タメル地区で調達可能なもの → ソフトシェル、アウター、トレッキングシューズ、寝袋、手袋、ザック、ザックカバー、ヘッドライトなどなど。

意外となかったのが、テントやバーナー、コッフェル類などのキャンプをしながらのトレッキング用品。
トレッキングコースは歩いて2〜3時間ごと5,000mまで宿併設のレストランがあるので、調理器具類はなくても困らないです。

※MSRの燃料タンクは調達可能だがInetrnationalやDragonFlyそのものがないので、スペア部品の調達が難しい。
燃料であるホワイトガソリンもネパールでは調達不可。 因みに僕達は、ポカラで自動車用ガソリンを燃料にし、DragonFlyで調理をしていました。

※トレッキング装備と貴重品以外の荷物は、全てカトマンズのホテルに預けてから行きました。  

 以下は、持ち物の情報です。
りゅうじ→
・ザック(mon-bellのZERO POINT EXPEDITION 65L)
・ダウンジャケット×2(レンタル品)
・グローブ×2(レンタル品)
・レインウェア(mon-bellのGOA-TEX製ストーム・クルーザ)
・ソフトシェル(偽ブランドのMarmot製→カトマンズのタメル地区で購入)
・帽子(毛糸製の耳を覆えるやつ)
・サングラス
・手袋(毛糸製で冬の町で使うようなやつ)
・ズボン×2(チノパンとカーゴパンツ)
・速乾性下着上下×3(半袖シャツ×2、長袖シャツ×1、パンツ×3、厚手靴下×4)
・トレッキングシューズ(saromonのGOA-TEX製)
・寝袋×3(mon-bell #3×2、レンタル品×1)
・ヘッドライト(petzel製)
・ヘッドライト予備(無名)
・ペンライト(無名)
・ヘッドライト電池予備
・水入れ(platypusの2L)
・水筒(カラビナ付きアルミ製の1L)
・5万分の1地図
・コンパス
・ロウソク、マッチ、ライター
・行動食
・トイレットペーパ
・デジカメ
・本、ノート、ペン
・貴重品

以上16kg
ひろ
・ザック(MILLETの 55/65L)


・レインウェア(Mizunoの上下セット)
・←同じもの
・←同じもの
・←同じもの
・←同じもの
・ズボン×2(脱着式で短パンにできるやつと、チノパン系)
・上下速乾性下着(半袖シャツ×1、長袖シャツ×2、パンツ×3、靴下×4)
・トレッキングシューズ(GOA-TEX)
・ヘッドライト×1(Prius製)
・ヘッドライト予備電池
・バンドエイドセット
・水殺菌剤
・デジカメ
・本、ノート、ペン
・貴重品
・洗濯バサミ
・石鹸
・その他ケア用品

以上10kg


■上記でレンタルしたものの内訳
寝袋×1        30Rs×15日間=450Rs(約760円)
ダウンジャケット×2 60Rs×15日間=900Rs(約1,500円)
グローブ×2     16Rs×15日間=240Rs(約400円)

■行動食の内容
板チョコレート300g×3
スニッカーズ300g
ビスケット300g
キャラメル1袋

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【5】カトマンズ ⇔ ルクラの航空券準備
アティティツアーズで、往復205USドル(1人)で購入。空港税は含まれない。
トレッキングへ!

参考地図▼


■3月31日 快晴 カトマンズ(1,400m)〜(空路)〜ルクラ(2,800m)→パクディン(2,600m) 所要時間3h
りゅうじ:体調良好
ひろこ:体調良好

朝4:00頃起床。早めの朝食をとりザックに詰めた荷物を背負いホテルPotalaを出る。。 5:30には国内線の入口の前に立っていた。フライトは6:30。 外で6:00過ぎまで待つ。チェックINをしようとしたら、30分待て!と言われる。 30分後、再度チェックINをしようすると、フライトは8:30だ!と言われる。 当初のフライト時間より2時間待ち!
有視界飛行なので天候が少しでも崩れると、 フライトできない模様。

結局、3時間待って9:30頃のフライトになった。初めてのセスナ機・・・実は楽しみにしていた。



離陸して10分もすると、段々畑の地形が眼下に広がり、目線には雪に覆われたヒマラヤ山脈が忽然と姿を現す。 お〜〜!すげぇー!!平静を装いがらもウキウキしている僕達。 だんだんと山間を縫うように飛行をするようになってきたら、突然機体がおもちゃのように踊りだした。 山間の谷間から吹いてくる突風で機体が急降下したのだ。おそらく一揆に数十mは落ちただろう。。。 あまりにも怖過ぎる(汗)。 離陸から25分後、山の斜面に直進するように機体は着陸した。 たった25分のフライトで別世界に迷い込んでしまったような感覚に陥る。

カトマンズ盆地の標高は約1,400m。朝夕は涼しいが日中の気温も30℃近いだろう。 加えて排気ガスや塵のスモッグで空気は汚染されている。タメル地区なんかは埃が舞っていて、 マスクがないと歩けたもんじゃない。

標高2,800mのルクラは、1,400mの標高差とは思えないくらい空気が澄んでいた。
背後には、雪に覆われた山が姿を見せていた。この風景が単なる序章だとは思いも寄らなかった。

ルクラで軽く食事を取り、時計に目を配ると11:00過ぎだった。フライトの遅れがだいぶ響き始めていた。 この日の目的地は、「Pakding パクディン」。カトマンズの日本食屋のふる里に置いてあった、 旅行人チベット編によると、パクディンまでは3時間半の行程だ。 地図によると距離は7km、一旦2,500mほどまで下り、登り返し100mと言ったところか。 100m程度の比較的距離がある登り返しは楽勝だ。想定時間内に目的地に到着できるだろう。

計画では、どんなに遅くても15:00前にはその日の行程を終わらせることにしている。 午後は天候が安定しない場合が多いし、日没近くになってロスト・ウェイなんかしてしまったら、 気持ちが焦ってロクでない判断をしてしまい、強いては事故を起こすことにもなりかねない。 下手をしたら命まで落としてしまう。そんなのはまっぴらゴメンだ。

そんな心配とは裏腹に想定時間より全然早い3時間でパクディンに到着してしまった。

■4月1日 曇りのち晴れ〜曇り パクディン(2,600m) → ナムチェ・バザール(3,450m) 所要時間7h

標高差600mと言うと、何を想像するだろうか?
富士山の8合目から山頂・八ヶ岳の行者小屋から赤岳・立山の駐車場から雄山がいい例ではないだろうか? 両者共に600m高い位置にある目標物が、森林限界を超えている部分で目視できているので、 遠くにハッキリと見える。だから600mの急登を歩いていても、たまに目標物が見えなくなることはあっても おおよその位置が視覚で確認できているので、精神的には張り合いがある。 対して、ナムチェ・バザールまでの行程は標高2,800m付近から急登が始まるのにも関わらず、 常緑樹林が多い茂っているので、目標物を視覚確認できない。単調で苦痛。だから早く抜けたい。 急ぐ。そして早くも高山病でリタイヤ。よく表現すれば忍耐が必要。本当はマゾ的な急登だ。

↑谷間の川付近(2,800m)から急登がはじまる。写真は少し上から撮影。

パクディンから5時間で行くつもりが、7時間かかってしまった。だから高度順応にはうってつけだ。
■4月2日【高度順応日】 晴れ〜雪 ナムチェ・バザール(3,450m) ⇔ シャンボチェの丘(3,720m) 所要時間3h
りゅうじ:快調。
ひろこ:前日のトレッキングでちょっとスタミナ切れ気味。

朝起きて外を見ると,悠然とエッジナイフのような山が姿を現した。
この日は高度順応を兼ねて、300mほどの標高差を軽トレッキングをする。
日差しは刺すように強いが、時折吹き付ける風は冷たい。 トレッキング中は体が温まるうえに日差しが強いものだから、ついつい Tシャツ姿になってしまう。しかし、日が雲に隠れると急にに寒くなる。 何度もレイヤリングの調整をしつつも、2時間かけてシャンボチェの丘に立つ。

シャンボチェには物資供給用の空港があるのだが、この空港がすごい。 舗装されてないので、ヘリが着陸すると猛烈な勢いで土を巻き上げるのだ。



ひろぴんは丘にあるレストラン(とは言っても山小屋だけど)で、チャイをポットで注文をし、 高山病予防のための水分補給、僕は、さらに50〜60mほど高い丘へ軽トレッキングへ出掛けた。 この日の目的はこれで達成した。

目的を達成後、1時間掛けてナムチェ・バザールまで下山をした。
午後、空模様はどんよりとし、雪が降り始めた。
■4月3日 晴れ〜曇り〜雪  ナムチェ・バザール(3,450m) → タンボチェ(3,860m) 所要時間7h
りゅうじ:食欲不振&軽い頭痛あり
ひろこ:軽い頭痛あり

朝、窓から外を見てみると、昨夜の雪が嘘のように晴れ上がっていた。
朝8:00、ナムチェ・バザールを出発。

写真のコースを2時間ほど歩くと、森林限界点である標高3,500mから標高差にして、300mほどの下りが始まる。
再び木々の姿が目立ち始め3,250mに位置するプンキ・テンガに着く。



第二の急登が始まる。標高差600m。ここで高山病になってリタイヤする人もいるそうだ。
僕達は、高山病予防のためにスローペースを保ち続けた。 にも関わらず僕の体が重い。いつもより力が出ないし息もすぐに切れる。

ようやくの思いで、タンボチェに着いたものの食欲が出ない。食べ物も不味く感じる・・・というより実際不味かった。
ひろぴんも軽い頭痛があった。2人とも高山病の前兆だ。

今回のトレッキングでは、高山病に対する薬を一切持ち歩かなかった。
理由は、不慣れな高度に行けば何らかの症状が出るのは当たり前だし、 薬で無理に症状を止めてしまうより、高山病の前兆を感じたら、ペースを落とすなり、一旦下山をするなどの 対処をとった方がリスクが低いと判断したからである。

19:00前には就寝に入った。

 ←タンボチェ。日本からのツアー客が多く、ここを最終目的地としているようである。
■4月4日 晴れ/雪 タンボチェ(3,860m) → パンボチェ(3,900m) 所要時間2.5h
りゅうじ:体調良好
ひろこ:軽い頭痛あり

朝、天候は晴れ。8:00に出発。

僕の体の怠惰感は一晩で消えたが、ひろぴんが軽い頭痛を訴えている。
他の外国トレッカーも頭痛を訴えている人が何人かいた。彼らは薬で症状を抑えているようである。
皆、高山病の前兆があるのだ。

この日はペリチェ(4,200m)まで行く予定だが、プランを変更する必要があるかもしれない。

歩き始めの1時間は標高差100mの下りが続く。そして、標高差200mの登り返し。着実に高度を上げてきているのだ。

パンボチェに着いた頃、ひろぴんがまだ軽い頭痛があると言う。
まだ、体力にゆとりがあるうちにこの日のレッキングで切り上げることにした。
宿に入ったのは10:00頃。

1時間ほど、小休憩をとった後、高度順応のための軽トレッキングへ出かけた。
時間にして1時間ほどかけて標高4,000m付近まで登り、30分かけて宿まで下ってきた。

ひろぴんは、高度順応ともに体調を整えることにし、 僕は午後、シェルパ族の共同水場を借りて洗濯をすることにした。
水は刺すように冷たいが、シェルパ族の人たちは平気な顔で洗濯をしている。

洗濯をしたのはいいが、雪が降り始めたため、洗濯物が凍ってしまった。


 ←パンボチェでの軽トレッキングの様子。撮影地は標高4,000m付近。
後ろに見える山はアマダブラム。
■4月5日 晴れ/雪 パンボチェ(3,790m) → ペリチェ(4,200m) 所要時間3.5h
2人とも体調良好。

起きて、外を見てみると雪景色。



ひろぴんの頭痛もなくなり体調も良好。高度順応がうまくいったようだ。
この日はペリチェを目指すも、前半戦は生憎の天気で景色に恵まれないトレッキングとなる。

 ←雲が目前に迫っている。

天候は悪いが足取りは軽い。悪天候がずっと続くかと思っていたが、分厚い雲を抜けると青空が 待っていた。

←分厚い雲を抜けきったところ。あの丘の向こうがペリチェである。

ついに、眼下にペリチェの村が見えた。

 ←ペリチェ村(4,200m)

ペリチェは、山間にある村でその間を川が流れている。
僕は、川に行って洗濯をすることにした。幸い、エベレスト街道のトレッキングでは沢に恵まれているので、 水補給や洗濯には困らなかった。

午後、高度順応ために標高4,350mまで軽トレッキングをする。
■4月6日 雪 ペリチェ(4,200m) → トゥクラ(4,600m) 所要時間3h
2人揃って軽い頭痛あり。

起きてみると、またも軽い頭痛あり。そして、外は雪景色。

時折ヤクとすれ違いながら、展望のない道を歩き続ける。 ここのところ、天候がハッキリしない。
ナムチェ・バザール以降は、午前中は晴れ→午後は曇り〜雪というパターンが続いていたが、 この日はずっと雪がしんしんと降り続いていた。場合によっては、カラ・パタール直前で 天候の回復を数日間、待たなければならないかもしれない。

 ←雪が降る中、トゥクラへ向かう。

展望がないまま歩くこと、3時間。トゥクラが見えてきた。
その気になればロブチェ(4,900m)まで一気に行きたいが、ひろぴんはお休みモードに突入。

この日、午後まで降雪が途絶えることなく気温はどんどん下がっていった。
宿の中は、氷点下。ベッドにいても息が白くなり手が冷たくなる。 毛布を寝袋の上から掛け、中にダウンジャケットを着込んで入らないと寒過ぎて休めない。

高山病予防のために水分を多く補給しているせいか、毎晩必ずトイレに行きたくなるのだが、 トゥクラだけは心底、トイレに行きたくなかった。 寒過ぎて寝袋から出たくないのである。一度、寝袋から出てしまうとせっかく暖めた熱が 逃げてしまう、そして標高が高いため、もう一度寝袋に入り込み、体制を整えるだけでも 息が上がって一苦労なのである。
■4月7日 快晴! トゥクラ(4,600m) ⇔ トゥクラパス 所要時間3h
りゅうじ:顔が軽くむくむ。
ひろこ:軽い頭痛あり。顔がむくむ。

久々の快晴だ。
朝、起きて見ると2人も顔がむくんでいた。 特にひろぴんは風船のように顔がふくらんでいた。この日もロブチェ行きは却下することに。 その代わり、高度順応で軽トレッキングをすることにした。
2時間ほどかかって、標高差200mほどにあるトゥクラパス(4,800m)へ到着。

← トゥクラパスからペリチェ方面を撮影。

宿まで下山をすると 相変わらず部屋は寒い。外の方が日差しがあるので温かいのである。
僕達は外で日差しを浴びながら、 ポップコーンを食べたり、お茶を飲んだりしながら、標高5,000mへ向けて体慣らしを していったのである。


■4月8日 快晴! トゥクラ(4,600m) ⇔ ロブチェ(4,900m) 所要時間2.5h
りゅうじ:快調!
ひろこ:快調!

2日連続の快晴。
体調もいいし、高度順応もうまくいったようだ。

 ←朝、トゥクラの宿より撮影。

僕達は、カラ・パタールへのアタック起点となるロブチェを目指し、 トレッキングを開始した。前日、軽トレッキングで行ったトゥクラ・パスには 、2時間かかったところをわずか30分で到着。荷物を背負っていたが、体は軽く 快調のようだ。
さらに奥へ歩を進めると真正面に、山々が見え始めてきた。 あの山々の向こうはチベット自治区で、僕達はネパール側の山の麓に 登頂する。

←ネパール側とチベット自治区を分断する山脈。(真正面に見える山脈)

何も問題なく、快調にロブチェへ到着した。

 ←ロブチェ。ここはもう標高5,000m目前の世界だ。

いつものごとく、到着後軽トレッキングをする。 ターゲット標高は5,000m。
ロブチェも高台みたいな山に挟まれたロケーションにあるが、高台に登ると氷河が見れる。

幸いなことにロブチェで泊まった宿は、日差しの熱をダイレクトに伝えるのか、 部屋の中でもTシャツ1枚で居れるくらい、暖かかった。
■4月9日 快晴! ロブチェ(4,900m) → カラ・パタール(5,545m) → ロブチェ(4,900m) 所要時間10h
りゅうじ:出発時快調! 〜5,500m付近で体調急変。
ひろこ:出発時、顔にむくみあり。

決着を付ける日がやってきた。
朝4:00起床。スニッカーズを食べて、バックに水、行動食、地図、コンパス、ヘッドライト、ダウンだけを 入れて5:00前にロブチェを出発。

 ←早朝、ロブチェを出発。バックに入れた水は10分も経たないうちに凍りはじめた。

時折、ベースキャンプへ向かうシェルパ族に追いつかれながら、歩を進める。
カラ・パタールの麓であるゴラクプル(5,150m)には8:00前に到着した。 ここで、朝食をとる。

9:00、カラ・パタールへのアタックを開始。 ここからの標高差は400m。 山に囲まれているため、風が遮られ日差しだけの暑さを感じる。 どんどん高度を上げていくにつれ、風が肌に容赦なく吹き付けてくる。 日差しは強いのに、寒くなってくる。

 ←氷河部分はエベレストのベースキャンプ付近。

ひろぴん、軽く頭痛発症。スタミナ切れ気味だ。
5,500m付近、僕の体調が急変した。あと数十mの標高差だというに。身軽だったのにも関わらず。 目眩、平衡感覚の減少、カッキーンとなる頭痛・・・。進もうとしても全く進まない。足が重い。息が荒い。 身軽さが仇になったのだろう。ゴールが見えてきたためか、歩調が速くなっていたのだ。 何度も途中で出会ったガイドや、登頂してきた人達に言われたことがある。 「スローペースで登れ。そして水分を多く補給しろ。」と。 少しの急ぎが命取りになることもある。

 ←足取りをふらふらさせながら撮影。写真はカラ・パタール。

ここまで来て、引き帰すわけにはいかない。目の前にゴールがあるのに。
僕のペースが急激に落ちたのか、スタミナ切れ気味のひろぴんが追いついてくる。
最後は這うようにしてカラ・パタール登頂!

山頂は寒過ぎて10分程度しかいなかったが、大変満足した登頂となった。
ロブチェに戻った時は、15:00を過ぎていた。

以下は、ロブチェから3日間かけて下山した時の体調と所要時間の記録です。
天候にも恵まれ体調もベストな状態で下山できました。
おかげで、下山時には景色や植物を沢山堪能しました。

■4月10日 快晴!ロブチェ(4,900m) → パンボチェ(3,900m) 所要時間4.5h
りゅうじ:快調!
ひろこ:快調!
■4月11日 快晴! パンボチェ(3,900m) → ナムチェ・バザール(3,450m) 所要時間5h
りゅうじ:快調!
ひろこ:快調!
■4月12日 快晴! ナムチェ・バザール(3,450m) → ルクラ(2,800m) 所要時間7h
りゅうじ:快調!
ひろこ:快調!
■4月13日 快晴! ルクラ(2,800m) 〜カトマンズ(空路)所要時間30分
りゅうじ:快調!
ひろこ:快調!

カトマンズのタメル地区には11:00頃、戻り昼食は日本食を食べました。
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